衣食足りて礼節を知る?

今日は堤です。いよいよ寒い季節になってきました。
 最近、韓国ニュースをユーチューブで見たりしますが、いよいよ反日種族主義という書籍が日本語版で出版され、書店へ注文しました。今、重版中とのことで、日本でも多くの人が読むと思います。基本的には国同士も、やはり平和、友好、信頼などを目指すべきでしょう。
 さて私達は現在、現時点でのテクノロジーや文化、科学などを基に生きています。でも遠い過去には、不自由な生活でありました。
『衣食足りて礼節を知る』と言い、民は生活が豊かになって初めて道徳心が高まって礼儀を知るようになるとのこと。(でもまあ、豊かになっても、傲慢になったり奢ったりする人はいますが)
 人間の欲望は無限に近い。便利さを求めれば際限なく続きます。向上心も有ります。
 人の幸せとは?生きがいとは?
便利さ(利便性)とは、あくまで生活する為の手段である交通、情報、暮らしなどが豊かになる事です。
求めるべきものは、これらを使って快適に素早く色々な事が出来る事で、便利さ以外の人の幸せや生きがいを求めて行くこと
だと思います。
便利になった事で、不便さに煩(わずら)わされず、煩わされなくなった生きる時間を使って、更により良く生きることが求めるべきものなのでしょう
 まあ、歩かなくなれば運動不足から病気になったり、メールでやりとりすれば、口をきかなくなったり、なんでも食べられれば、肥満から病気になったり、車で移動すれば、排気ガスで発がん物質を多く吸って病気になったり、ゴミが増えたりなどと、色々な弊害も有るようですが。
 まあ人生色々です。お互い共により良く生きて行きたいものです。ではまた。
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自分にとっての人生の宝物とは?

今日は堤です。最近大分涼しくなってきて、昼夜の温度差が大きくなってきました。
風邪をひいたり、体調が悪くならない様にお互いに気を付けましょう
 冬野菜は、殆どが10月いっぱい位までで種蒔きや苗植えは出来なくなります(終了です)。寒さで育たなくなってくるからです(ビニールハウスでは、もう少し長い期間出来るかもしれませんが)。
 さて、人の人生を野菜と比較してはいけないのですが、野菜は人と同じくこの世に生を受けて育っていきます。育ってゆく中で、枯れたり病気になったりするものが有れば、すくすくと育って行き、やがて種や実をつけて次の命(種など)へと命を引き継ぐ命(野菜)も有ります。
 生(命)を受けた人とは?人の幸せとは?人生の宝物とは?

野菜には、生れてきてからの選択の自由は有りません。しかし人には選択の自由が有ります。きっと、選択の自由が無い野菜が生きゆく命(人生)の宝物とは、心地よく育ち、次の命へと命を引き継ぐ事なのかもしれません。
人には夫々に選択の自由が有るので、努力する事が出来ます。また、自分の人生の宝物を探して生きて行く事も出来ます。
 自分だけの生き方や自分だけの人生の宝物を探し、自分の人生に後悔しない様に、お互い努力して行きましょう。ではまた。
添付写真:ツワブキ
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自由と束縛、予防的対策?

 今日は堤です。最近、台風により甚大な被害が発生しています。以前より予測(予想)されていましたが、近年の地球全体を見ますと、平均気温の上昇(温暖化)と共に、南極や北極の氷が溶けていて、大気中や海水などの水(水分)量が増えています。それに伴い、海水などから蒸発する水蒸気(水分)量が増加し、台風は増々巨大化し、海水温の上昇と共に、日本により近い位置で台風が発生する様になっていると思います。
現在、人間の英知や科学では自然を制御出来ないので、いかに自然災害を事前に予知(予報など)したり予防的対策を行うかです
 
 さて私たちは日々を生活している中で、自由と束縛、或いはが必ず有ります。
 人間には、感情や神経が有ります。
例えば独身の時には自由が有り、結婚したりすると束縛でしょうか?それとも責任や忍耐や協調性でしょうか?
どちらでも此れから生きて行く事に変わりはないし、どちらを選択しても良かったと思うところと、そうでないところは有ります。
現在は、何をしなければいけないと言う伝統的なものは薄れてきて、人生いろいろ、千差万別の生き方が有ります。
 選択の自由が有り、選択するのは自分で、その結果を判断するのも自分です。そして結果がどうであっても過去へは戻れません
 やはり後悔しない様に、選択以前に十分調査、検討、熟考するなどの予防的対策が必要です。
生きて行くには、色々な選択に悩む事が有ります。たとえ選択結果が悪くても、選択結果を経験や踏み台にして何かをつかみ、更に先へや上へ向かって進むべきなのでしょう。ではまた。
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初心を忘れず、初心にかえる?

今日は堤です。少しずつ涼しくなってきました。毎年、季節の変化を感じているのに、その年ごとに季節が新鮮です
最近、パソコンがセキュリティーの影響でしょうか?フリーズしてしまい、自力で初期化したましたが、パソコンが古いせいか?プリンタやその他のアプリを再入力するのが大変でした
 さて、パソコンの初期設定ではないのですが、私達は生まれた時には体は弱く未熟で、何も知らず何も分からず、必ず誰かに世話になります。
 所が成長して自分で生活が出来るようになり、名誉や地位や名声や富などを手にすると、初心を忘れ、奢りや傲慢(ごうまん)や蔑(さげす)みなどを持つ人がいます。
 確かに、人生で努力して、これだけは他人に負けないとか、自慢出来る事などが、誰しも有ると思います。
でも、初めは誰でも出来なかったリ、分からなかったリしたはずです。
初心を忘れず、初心にかえれば、謙虚になったり、謙遜したり、或いは自分を世話したり助けてくれ教えてくれた、先人や家族や同僚、先輩に感謝の気持ちが持てると思います。
 そして、自分で努力して得られた結果や成果に甘んじておらず、更に上や最善、最良を目指す事が大切なのではないでしょうか。
 今の生活に感謝し、初心を忘れず、更に努力して行けば、必ず良い結果や成果や物などが得られる様な気がします。ではまた。
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恩返しと仕返し、幸福と不幸?

今日は、堤です。今は秋で寒暖の差が多く、台風がやってきては、日本各地に災害や被害を齎(もたら)しています。
現在の人間の文明では、大きな台風などの自然現象を変える事は出来ないので、備えるとか避難するしかありません
また、天気予報や避難勧告などで、天気の変化を事前に把握し、適切に災害や被害を予防する事が大切です。

 さて今、気になっている事が有ります。それは隣国(K国?)との関係です。
隣国、近隣住民、家族などは、何時も近くに居るので、生活して行くにおいて、お互いに影響が強いです。
遠くの親類より近くの他人』慣用句(意味:いざという時には、遠く離れた親類よりも近くに住む他人の方が役立つ)と言います。影響が強いだけではなく、お互いに助け合う事も出来ます。
やはり、お互いに信頼し認め合い、相互に(恩返しなどで)助け合う事が大切であり、それによってお互いの幸せが有るのだと思います。
逆に、仕返しとか恨み、妬(ねた)み、蔑(さげす)み、、敵対視、嘘などからは、不信感、嫌悪感などから将来に影が見えてきて断絶し不幸が訪れます。
 特に、信頼していた人や国が、信頼を裏切っていたと気付いた時には尚更であり、不信感が募り信頼関係は破綻してしまいます。
(例えば、クレームを隠蔽していた事が発覚して信頼を失うと、以降中々、信頼回復は出来ません)

善意の国や人は、他国や隣人や他人を信頼しようとします。しかし、毎回や常に信頼を裏切っていれば、信頼関係は保てません。
堪忍袋の緒が切れる(意味:もはや堪忍がしきれなくなる)
どちらを選んでも自業自得(意味:自らつくった善悪の業の報いを自分自身で受けること)であり元へは戻れません。

 もはや、恩返しと幸福を選ぶのか、或いは仕返しと不幸を選ぶのかは、隣国や隣人次第ではないでしょうか?ではまた。
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運命の法則とは?

今日は、堤です。今日は8月31日で、野(8や)菜(31さい)の日とか?語呂合わせでしょうか
此れからは冬野菜作りの準備で、夏野菜の残渣(のこりかす)の片付けから始まり、種まきや苗を植えたりします。
 
 さて私達は日々を、周りや生活に流されて何となく生きている事が多いです。この今を生きていることには、恐らく理由や法則が有り、支配されています
1大雑把に見れば、過去と未来の狭間の今(現在)に生きていること。(法則)
2前世、現世、来世が有るとすれば、前世と来世の狭間の現世に生きていること。(法則)
3過去と前世は変えられないし、生死にかかわらず、これらは連続ていること。(法則)
4生きる事は、先祖や両親から受け継がれた有形無形の遺伝的形質や財産、名誉、地位などで引き継がれて成り立ち連続していること。(法則)(先天性)
5運命は、これらの様々な要因が複雑に絡み合って決まって来ること。(先天と後天)
 例えば、出会いや機会は必然であり、努力や忍耐などで、ある程度変わったり変えられのではないかということ。(推定理由)
 人間に生まれてこうして生きているのは、先天的な運命であり、後天的に人間としての生き方しか無いこと。(理由)

 何とも秋の気配と共に、理解や証明不能な漠然とした物思い(妄想?思考?幻想?)に深けってしまいました。ではまた。

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健康第一、大切な事

今日は、堤です。連日暑い日が続いています。体温や体温以上に気温が上昇すると、体から発生した熱を外気(周囲)からは冷やせなくなる為に、何もせずそのまま外気にさらされていると、どんどん体温が上昇してしまいます。そこで、エアコンや扇風機などで、体や体の表面を冷やします。
その際に注意しなければならない事が有ります(以下は個人の見解?感想?です)。
1急激な温度変化
 室外や屋外の温度(気温)が高く、室内の温度が低い(温度差が大きい)場合には、室内外を出入りした場合、体の体温調節が追い付かず(追随出来ず)に、変調をきたしやすい事。
 暑い場所から冷房した部屋へ入ると涼しくて気持ちが良いです。でも、暑い場所では体を冷やそうとして、体の表面には汗をかいています。
 このまま涼しい部屋へ入った場合、体の表面から汗が蒸発して気化熱が奪われ、急激に体が冷えてしまいます(暑い所では体を冷やそうと
していたのに、今度は体を温めようとします)(人は哺乳動物であり、体温調整して体温を一定に保ち、絶えず体を守ろうとしています)。
 すると、疲れやすくて、体調を崩し易くなります。
  健康の為には、
  ①やはり、不快でない程度に必要最小限冷房し、体に負担をかけず、エネルギー(電気代)の無駄をなくす事が望ましいこと。
  ②また直接、冷房の冷気が体に当たったりすると、急激に体が冷えて体の深部まで冷えてしまうし、絶えず体を温めようとするので、冷
   気は直接体に当たらない様にしたいものです。
2飲食物
 この暑い夏には、冷たい飲食物は美味しいです。ついつい冷たい物を飲んだり食べたりします。
 しかし、過度に冷たい物を飲食しますと、体の体温を保とうとして、同様に体を温めようとします。
  健康の為には、
 ①なるべく、冷房した涼しい場所では、冷たい物の飲食は差し控える。
 (暑い場所で冷たい物を飲食すると、体を内部から冷やしますが、涼しい場所で冷たい物を飲食すると、体の内外から急激に体が冷えてし
 まいます)

  この暑い時期には、涼しさや冷たい物の誘惑で、ついついビールやアイスクリームなどの冷たい物を飲食したりします。でもまあ何事も 良い加減で健康第一でしょうか。ではまた。
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今年は今年の風が吹く?

今日は堤です。今は梅雨が明けて、最も暑い時期かもしれません。
連日、最高気温を更新して、年々日本の夏の気温は上昇している様です。このまま何処まで気温は上昇して行くのでしょうか?
人は、体温以上に気温が上昇すると、体を冷やせません。気温がどんどん上昇していき、地上でエアコンでも人を冷やせなくなったら、地下生活になるかもしれませんが{%webry%}。
 さて、畑での野菜作りをしていますと、自然(天候など)と向き合っているので、今年の春先からの天候や気候はどうであったか?例年と比較したりします。
個人の感想?ですが、今年は、春先に気温が上がらず梅雨が梅雨らしく雨が多かった様な気がします(私の住んでいる地域ですが)。
 梅雨が長く雨が多いと日照不足になりますが、野菜により陽射しを好む陽性植物と、そうでない野菜(半陰性植物、陰性植物)が有り、水を好んだり、好まなかったりもします。
1.陽射しを好む植物:スイカ、トマト、ピーマン、ナス、トウモロコシ、サツマイモなど
2.半陰性植物   :小松菜、里芋、生姜、アスパラガス、ネギなど
3.陰性植物    :三つ葉、セリ、ミョウガ、フキ、ニラなど
 これらの野菜の好みに応じて、陽射しの多い場所に野菜を植えたり、或いは、水はけの悪い所では、畝を作って土を高くして植えたりもします。
或いは、ビニールハウスにより雨を避けたり、春先には保温したりします。
 今年は、虫があまりいなかった気がしますが、春先に気温が上がらなかったからでしょうか?
虫や蜂などがいないと、受粉してくれないので、受粉により着果する野菜などは収穫が少なくなります。
 今年は今年の風が吹く?と言いますが、今年の野菜作りの個人の感想です
 自然の天候を人は変える事が出来ないので、自然の変化に合わせて色々と工夫して野菜を作るしかありません。
 人間社会では、さしずめ長い物には巻かれろ?、まあ会社の社風、部署、上司、目上の人、力(権力)の有る人などには、争うより従っている方が得でしょうか?(変える事が出来なければですが)
生きて行くには、何事も工夫が大切です。ではまた。添付:オクラの花、スイカ
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本当の幸せは、自分自身の中に有る?

今日は、堤です。今年は、梅雨らしい雨の多い日が続きます。雨は適度に(良い加減に)降らないと、日照不足や洪水、或いは干ばつになるなど、災害や飢餓(飢饉)を生じます。現代の人間の英知や科学では、天気は予想出来ても、天気を替える事は出来ません。
まあ出来なければ、雨ごい?或いは照る照る坊主?などの神頼みでしょうか?
人は奢ってはいけないと思います。
 さて、人は誰でも幸せになりたいし、幸せを探し求めます。
でも、自分にとっての幸せとは?他人が何と言おうが、自分が幸せだと思えれば幸せなのではないでしょうか
また、自分にとっての幸せとは何なのかを分からなければ、幸せを探したり、幸せを掴(つか)む為の努力が出来なかったり、周りの日々の生活や仕事に押し流されて、幸せを掴めず、何時の間にか年月が過ぎ去ってしまうかもしれません。
 お互いに、自分の幸せを知り、探し求めて今後も歩んで行きましょう。ではまた。
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全てのものには理由が有る?

今晩は、堤です。
早いもので、今年、令和になって早、半年が経過しました。
 私達は、何気なく普段の生活に追われ、繰り返しの生活で時が過ぎ去って行く事が多いものです。
すると、あっという間に時が過ぎて、人生は過ぎ去ってみれば短いものです。
 
 さて、普段の生活の中では、こんなふうに暮らしているのは何故?などと問う事や疑問に思う事は中々無い人が多いと思います。
でも何も思わず過ぎ去ってしまっては、勿体ない様な気もします。また、理由も無く生きて行くのは空しい様な気がします。
全てのものには理由が有る』。究極は、何故この生きる世界へ生れて、生きているのか?でしょうが誰も分かりません。
生れて来た事には理由が有るけれど分からないだけで、生きる事には価値が有るからこそ生まれて来たと考えた方が、有意義に生きて行かれると思います。
 せっかくこの生きる世界へ生れて来たのであれば、この世界の色々な場所を見たり、色々な人と出会い、色々と学び、出来る限りの経験をして、充実した人生にしたいと、誰でも思っています。
 でも、全ての人の人生には限りが有るので、まず優先順位をつけるでしょうか?
自分の生き方や目標、目的などを明確にしたり、把握したり、理解して絞り込み、それからポジティブに行動する。
限られた人生を充実させるには、これしか無いかもしれません。
 でも人生は、十人十色、三者三様であるし、堅苦しく人生を考えず生きて行く事も良いかもしれません。
どちらを選んでも人生は一つしかないし戻れないので、お互い賢く選択して充実した人生になる様に努力しましょう。
ではまた。添付:ブーゲンビリア
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限り有るものは大切なもの

今日は、堤です。
今は、梅雨時でしょうか?雨が降ったりやんだりです。でも梅雨が明ければ、あの猛暑がやって来ると思うと、梅雨は長い方が良いのか分かりません。
 さて、私達が生きて行くにあたり確かな事は、生きる事には限り(限度、限界)が有ると言う事です。
そして、その生きて行く限りと言うのは、
1期限(時間)、2行動範囲(場所)、3自分の器や能力(器量)であり、4経験出来る事です。

1期限については、大きい区切りでは、生きている全ての時間であり、細かく時間を区切ると、小中高などでの勉学、就業する(働く)時間であり、その後の時間で、過ぎれば元へは戻れません。
行動範囲については、何処へ行ったりするにも、或いは何かをするにも範囲や限り(限度)が有ります。(例えば旅行したとしても、中々、宇宙旅行は出来ないでしょうし、色々な職業を限りなく変わる事も出来ません)
自分の器や能力については、人間として生まれたからには、人間の限度を超える能力は無いし、行動する事も出来ません。
4経験出来る事については、生きている内に全ての人に会う事は出来ないし、限られた(生きる)時間の中で、限られた経験をするしかありません。(例えば、某有名大統領には、中々、直接は会えないだろうし)
 
 そうこう考えてみますと、今、生きている時間が限り有るからこそ貴重であり、経験出来るからこそ大切にしなければならないのでしょう。
 人が不老不死であれば、時間や若さや経験などを大切にしなくなるだろうし、同じような事の繰り返しに終始して退屈するかもしれません。
 お互い、限りあるものを大切にしてこれからも生きて行きましょう。ではまた。(添付:カボチャの花)
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奢(おご)れる者久しからず?憎まれっ子、世に憚(はばか)る?

今日は堤です。今日は久しぶりに、まとまった雨です(今年2回目?) 今年は、雨が少ないようです。
やはり適度に雨が降らないと、野菜や果樹、植物には良くない。小雨程度の雨降りでは、植物の根まで雨が届かないで蒸発してしまいます。いくら人が水をまいても、表面だけで地面深くまでは、中々届かないので空しい努力でしょうか?
 さて人間社会では、自然界の弱肉強食の動物社会とは異なり、上下関係や人間関係が有ります。
 会社では、良い上司に恵まれれば良いのですが、地位や名声などを笠に着て、威張り散らしている様な人は、何処の会社でも見かけます。また、人に憎(にく)まれる様な人間が却(かえ)って世間に幅をきかす事も多いものです。
 また正当な仕事の評価をしてもらえなかったリ、或いは成果を上司に奪われたりすることも有ります。
そんな時には、気休めかもしれませんが、先人たちの諺(ことわざ)や名文句を思い出します。(以下)

1.平家物語の冒頭には、『奢れる者久しからず』 『ただ春の夜の夢の如し』とあります。
 意味;地位、富、名声などを笠に着て威張り散らしている様な者は、遠からず没落するものだ
     ちょうど、春の夜の夢の様に、はかないものだ
2.また、『憎まれっ子、世に憚る』と言います。
 意味;人に憎まれる様な人間が、却(かえ)って世間に幅をきかすものだ
3.悔しい思いをしても、どうにもならない時には宮沢賢治の名言でしょうか?
 "雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち、慾はなく、決して怒らず、いつも静かに笑っている…

 先人達のこんな名言を思い出し、これからもお互い逞(たくま)しく生きて行きましょう。ではまた。
添付写真;キュウリの花
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転ばぬ先の杖、予防の時代?

今日は堤です。最近、初夏らしく暑くなってきました。戸外へ出る時には、暑さと蚊の対策が必要です。
 暑さ対策では、やはり帽子(或いは日傘)などで、直射日光が当たらない様にして、頭をなるべく冷やすこと。
帽子は、紫外線もある程度防いでくれます。
 頭は昔から、『頭を冷やせ』と言います。(辞書での意味は、興奮をさまし冷静になることですが、頭を冷やす事は大切です)
 蚊の対策は、蚊がいそうもない場所では不要ですが、いそうな場所では、手足の肌を出さない、香取線香をつける、虫よけスプレーをする(但し、汗をかくと流れてしまうかも?)などの対策必要です。
 私達の暮らしの中では、今までの知識や習慣で、転ばぬ先の杖(意味:失敗しない様に、前もって用意しておくこと)を、知らず知らずのうちに実践しています。
 
 現代では、事故や事件や病気や怪我を様々な方法で予防したり対策しています。
例えば、事故では、様々な交通安全や安全対策。
事件では、防犯カメラなどの対策。
病気では、予防接種、虫歯予防、新薬開発など。
怪我では、色々な怪我を防止する対策。
 これらの対策の最終目標は、警察や病院が不要になることかもしれませんが、今のところ無理です。
人間社会では今後、事故や事件を予防したり、怪我や病気を予防する予防の時代へと進んで行くと思います。
 お互い此れからも、出来るだけ色々なことを予防する事で、楽しく明るく生きて行きたいものです。ではまた。
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群れをなす?集団行動?団体行動?個人と団体?

今日は、堤です。
 いよいよ暑くなってきました。野菜作りでは、暑くなってくると蚊が出てきて刺されてしまうので、(戸外の畑では)やはり蚊取り線香が必須です。虫よけスプレーは、汗で流れてしまうのか、あまりききません(個人の感想です)。
 さて、何種類かの熱帯魚を同じ水槽で飼っているのですが、良く見ていると、同じ種類の熱帯魚が、何時の間にか、かたまって群れをなして?行動しています。
 魚の習性でしょうか?仲間と一緒にいて身を守る本能なのでしょうか?似通っているもの同士は、自然と引き寄せられるのかもしれません。
 人でも、集団行動します。団体旅行?これは、個人で行くよりも値段が安いからも有ります。また要所の観光地を効率良くまわれ、添乗員が日本語を喋ってくれれば何より便利で良いし安心です。
 個人の一人の力は弱いけど、団体では何事も強くなれる。一本の糸は弱いけど、数本集まれば強い。
 一方、個人の良さも有ります。個人では、独創性、多様性、自由、自己啓発など、自分だけの個性を伸ばしたり、自分だけの時間を持ったり、自分の生き方など出来ます。
 人の大多数は、人間社会の集団の中で生きて行くしかありません。
個人と団体の良い面を上手く生かしながら世渡り上手に生きて行ければ、失敗や後悔が少なくなるのではないでしょうか?お互い、団体の中で共に助け合い、励まし合ったり、競ったりし、個人的には個性的に明るく生きて行きたいものです。ではまた。
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足るを知る者は富む

今日は堤です。
 今年は、春先に気温が上がらず、畑に蒔いたインゲンなどは発芽しませんでした(種を買い、また蒔きました)。
毎年、自然は変化するので、それに合わせて人の方が、色々な野菜作りの調整を行う必要が有ります。
まあこの色々な変化や違い(自然の気温変化、種の状態、栽培場所の違い、選択した野菜の種類の違いなど)が有るからこそ、野菜作りが飽きないのだとは思います。
 でも、野菜の不作や期待外れ、思っていたより大変であるなどで、野菜作りを断念する人もいます。夏は暑いし、蚊に刺されたり、冬は寒いし、自然は人にはコントロール出来ません。
 
 さて私達は人間社会で生活していますが、そこには自分だけの器(才能、器量など)、能力、裁量などが有ります。この自分の器の範囲内において人間社会で生活して行きます。
 この器により、より良い生活をする為に努力したり、更に向上する為にも努力します。しかしながら、夫々の人には、限られた時間が有り、その中で暮らして行かなければなりません。
 老子は『足るを知る者は富む』(分相応に満足出来る者、意義を知る者は、生活が貧しくても心は豊かである)と言っています。
 人には、分相応とか足るを知る事が必要であり、高望みや欲張ったり、妬(ねた)んだりせず心を豊かにして生きて行きなさいと言うことかもしれません。
 人の欲望には、きりが有りませんが、自分の器や時間には限りが有ります。努力は必要ですが、身の丈を知り、満足する事は必要です。
 お互い、限り有る時間の中で、なるべく後悔しない様に、満足して心を豊かにして生きて行きましょう。ではまた。写真:クンシラン
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一期一会、出会い、運命、別れ

今日は堤です。
 関東地方での桜の花の咲く時期は、終りに近づいてきました。この時期には、桜を見ようとしなくても目にする事が多いものです。私の家でも、隣家の桜を目にします。
 さて私達は、今まで生きて来て、各自が色々な経験をしてきています。
1.袖振り合うも他生(又は多生)の縁であり、
 ちょっとした出来事も、すべて宿世(しゅくせ)の因縁によるらしいです。
 おそらく、今経験や体験している事全てに理由が有るのでは?但し、それが分からないだけなのでは?
2.また、ある時には一期一会(いちごいちえ)であり、
 生涯にただ一度まみえることです。この過ぎ去って行く時間は、二度と来ないのだから、経験や体験する事 全ては、一期一会の積み重ねや繰り返しなのだと思います。
3.また、ある時には運命で出会い、長短は有っても何時かは別れが有ります。
 人間同士以外にも、ペットや動植物と出会ったり、或いは仕事、経験、衣食住全てが、自分との出会いです。
  以前は死が二人を別つまでなどと結婚式には言いました。でも最近では離婚する人が増加した為か
 私達の愛が続く限りと言う事も有るらしいです。
 
 今こうして生きている事は、お互い、生を受けて生きる事が与えられ、貴重な(生きる)経験をしている感謝すべきものかもしれません。ではまた。
写真:シンビニューム
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引き継がれるものは?

今日は堤です。
今、桜の花が咲こうとしています。また今年も春がやって来ました。毎年、決まって桜が咲くのは、桜の木が季節を覚えているからでしょうか?それとも、気温が上がってきて、花の咲く適した条件が整ったからでしょうか?
 木が小さい時には花が咲かないので、木自体の咲く事の出来る条件が整い、更に花の咲く季節や天候の条件が整ったから、桜は咲くのでしょう。
 この時期には、夏野菜の種を蒔いたり、苗を植えたりします。
この野菜の種や苗の命は、昨年など先に生まれ育った野菜から生まれてきた命で、命が引き継がれたものです。まるで、ロウソクの炎が消えない様に、火のついたロウソクから、火のついていないロウソクへと次々と火を引き継いでいるように。
 命が引き継がれるのは何故なのか?
命は永遠ではありません。その為、次の命へと命が引き継がれて行くのかもしれません
 引き継がれるものは、命、文化、科学、環境などであり、先に生まれた人々から引き継がれたり引き継いだもので、負の遺産以外は感謝すべきものだと思います。
 今の我々の生活が有るのは、先人たちが苦労して築き上げたものだからです。
 ふと桜の木を眺めていたら、人も動物も植物も、今を生きている生き物は太古の昔より全て引き継がれてきた大切な命なのだと感じられます。
 また、今を生きる生き物は、種類は異なっていても全て時を同じくして今を生きる仲間同士なのだとも思います。
 でもまあとりあえず、今年も桜の花が見られて良かったなあと、引き継がれて生きていることに感謝です。
ではまた。写真:ブロッコリーの花
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七転び八起き

今日は、堤です。
先日のテニスでの怪我で、不自由な生活が続いていましたが、ようやく治ってきました。
 健康の為に始めたテニスが、かえって怪我に至ったのでは本末転倒元も子もない
そこで、怪我せず何時でもテニスが気楽に出来る様に、テニスボールを投球するマシーンを使って運動する様にしました(元々の趣旨は、健康に良いので、手軽に無理せず運動したいと言う事でありました)。
 こんな怪我が無ければ思いつかなかった(テニスマシーンを使うという)アイデアは、まさに怪我の功名七転び八起き?転んでもタダでは起き上がらない、何かを掴んで起き上がる事で、無駄ではなかったと自画自賛?でしょうか。
 人生には、浮き沈みが有ります。人生は沈んだままでも、或いは浮き上がっても続きます。
度重なる失敗にも屈せず奮起したり、或いはこの経験を活かしたり、踏み台として立ち上がったり、別の人生を歩んだリするなどが大切なのではないでしょうか。
 今回、身をもって実感しました。
これからも、お互い健康第一で怪我をせず楽しく明るく暮らして行きたいものです。ではまた。
写真:ムスカリ
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我身を抓(つね)って人の痛さを知れ?自分の痛さを知る?

今日は、堤です。
 最近、数十年ぶりにテニスをしましたが遭えなく、手と顔をすりむいてしまいました。
長い事、テニスしてない内に、近視になっている事を忘れ、(メガネが無いと)飛んで来たボールがぼやけているし、足元がおぼつかなくなっていて(反射神経?筋力も衰えている?)、無理にボールをとろうとして躓(つまず)いてしまいました。後には後悔です(後悔先に立たず)。
 でも軽い傷なので治ると思いますが、傷が治るまでは不自由であり、水や汚れは禁物で日常生活が不便です。
 それに、ばい菌(細菌)が傷から入るといけないので、傷が治るまで、野菜作りが出来ません。
 我身を抓って人の痛さを知れと言う諺が有り、何事も自分の身に引き比べて、他人についても思いやれとの意味ですが、自分で自分を抓って自分の痛さを痛感致しました
 やはり健康であり、怪我や事故にならない様に、分相応の(身分や能力に相応しい)事をすべきであると実感致しました。
 自分を思い、他人には思いやりを持ち、お互い明るく楽しく生きて行きたいものです。ではまた。(写真:ゼラニウム)
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過去、現在、未来と前世、現世、来世?

今日は堤です。2月になって、日差しは強くなってきましたが、風が強く吹くようになり、夜と朝方はまだまだ寒いです。日差しが有ると暖かく、寒暖の差が大きくなってきました。三寒四温でしょうか?日ごとに少しずつ暖かくなって行きます。
 因果と季節は、巡る糸車の様でしょうか?歴史は繰り返され、季節も繰り返し、時がいつの間にか過ぎ去って行きます。
 さて、この生きる世界では、知らないうちに黙っていても時間(時)は過ぎ去って行きます。
そして、生れて来る以前と同じく、生きていない状態(死)へと何れは至ります。(生有る者は必ず死あり:揚子法言(君子)より)
 過去と現在と未来は、時が連続していて途切れません。生きる事は、死によって途切れてしまうかもしれませんが、生死に関係なく時間は連続しています。
 時間と生きる事の違いは、連続と不連続の違いであり、どちらも連続や何らかの繋(つな)がりを持っている様な気がします。
 命は、先に生まれた命から引き継がれて連続し、この生きる世界で生きる事は繋がっています。やはり、生きる事は、何らかの繋がりや絆で、生きる前後や、生きている者同士が複雑に繋がっている様に思えます。(袖振り合うも多生の縁:道行く知らない人と袖が触れ合うことさえ宿縁による)
  死によって、その魂が消滅するのではなく存在し、今の生きる生き方が、その魂の将来や今後の来世を決める要因となっている様な気がします。
因果応報:過去における善悪の業に応じて現在における幸不幸の果報を生じ、現在の業に応じて未来を生じる事)
 そう思えば、今の生きる事には重大な意義が有り、一生懸命に生きて行く事が大切です
 どうやって生きて行くかは、その個人(魂)の自由ですが、考え方によって人生が充実したり、後悔に繋がったりします。後悔しないで充実した人生を送れる様に、お互い努力して行きましょう。ではまた。(追伸:写真はアロエの花)
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